デザイン思考もアート思考も、「共感と対話」につきる

こんにちは。代表の村木です。

敬愛する野中郁次郎先生の講演録を見かけました。

JBpress

野中郁次郎氏が提唱する共感経営の新モデルとは?AIが進化する時代に欠かせない、知識実践の在り方 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63853


2ページ目にある、本田宗一郎の話がよいので、引用させていただきます。


(引用はじめ) アメリカの自動車の殿堂に飾られている有名な2枚の写真があります。 1枚は、テストコースでライダー目線にしゃがみこんでいる本田宗一郎。新しい二輪車を開発するために、ライダーになり切って全身全霊で相手に共感しています。もう1枚の写真が、エンジニアと真正面から知的な議論を展開している場面です。エンジニアは本田宗一郎と同じようにテストコースにいましたから、同じ文脈を共有した上で、それぞれの主観をぶつけ合っています。これを知的コンバットと呼んでいますが、まさに共感と対話が重要になるわけです。本田宗一郎は「共感するっていうことによって、他人の気持ちが分かる、他人の気持ちになれる」「共感することは、自分が悩むことなんだ」と話しています。

 相手の悩みを自分事にしながら、なんとかそれを一緒になって解決して、イノベーションを起こそうじゃないか、ということを彼は言っているんですね。この知識創造の根本的な現象が、この2枚の写真に表現されています。

(引用終わり)


本来のデザイン思考は、この本田宗一郎のようなことをするはずなのに、いま企業に取り入れられてるデザイン思考のほとんどは、相手を観察して分析してわかった気になる手法に成り下がってるように思います。野中先生のおっしゃる、オーバーアナリシスの文化がそうさせているのではないでしょうか。


確かに他人に共感するのは難しいです。そんな中途半端なことするぐらいなら、自分に深く共感することで価値を生み出すアート思考をやってみようよ!というのが私の意見です。

自分への共感なら、自分の感覚、身体がリードしてくれるから、間違いがより少ないと思います。感覚や身体とつながれば、デザイン思考で求められるの他者への共感の精度もあがりますし。いずれにせよ、深い共感によって、普遍性の高い層にたどりつけるなら、デザイン思考だろうがアート思考だろうが、入口はどちらでもよいと思います。


アート思考が話題になるずっとずっと前に、野中先生は身体性などにも言及されていて、哲学を勉強してる人の、本質を見出す力はすごいなぁと、しみじみ感じました。